【電波塔】ピラミッド建造目的と正体【二分心仮説】

世界の謎

前回の記事・・・【なぜ?どうやって?】大ピラミッドと古代エジプト人の謎

<WHY考察> 現代人の価値観に沿って考えるべきではない

 巨大なピラミッドや神殿、石像の建設、装飾を見ると古代エジプト人の異常なまでの執着を感じます。

 無論、古代エジプトだけではなく、世界中に残る古代文明共通の謎でもあります。

 言葉は過ぎますが、単なる王の墓(だったと仮定して)になぜこれほど膨大なリソースをつぎ込んだのか?

 古代において神々は必ずといっていいほど登場し、当時の人々と密接に繋がっていたことが伺える。

 一つの仮説として浮かび上がるのが、ピラミッドを計画し建設に携わった人々は、明らかに現代人が有していない能力を持っていた可能性です。

古代エジプト人の精神構造

古代エジプトに響いていた神々の声

 紀元前2500年、古代エジプト人と現代人とでは精神構造が大きく違う事を、心理学者ジュリアンジェインズは二分心仮説として提唱しました。

 この仮説によれば、3000年前まで人々は内観する意識を持っておらず、脳内に語りかける神々の声に従って行動していたといいます。

 当時の人々の内部には、目的に向かって一直線に突き進む本能的な人間と、それをコントロールする神々が共存していた。

 

 神々の役目は、人間が集団社会を成立させるために必要な行動を想起させることだった。逆に言うと集団社会を営むために人間が神々を心の中に作り出した。

 つまり、当時の人々は二重人格だったのだ。

 極端な話、大衆の大多数が統合失調者であり、神々の声がなければ行動を起こすことができなかった。

 彼らにとって神々の声は生きるうえで絶対的に必要な要素だった。

 故に神々の声は絶対であり、どんな命令であっても服従し忠実に実行したであろう。

 ピラミッド、巨大神殿、石造・・・これらを神々から作れと命じられたのだ。

 この仮説が正しければ、神や王といった権力に対して、現代人をはるかに凌駕する畏敬や信仰心を持っていたことも説明がつくのではないだろうか。

ピラミッド建造動機

 先に紹介した二分心仮説をベースに彼らの行動をトレースしてみる。

 つまり脳内に響く神々の指令、これが集合的無意識で共有された集団によって建設されたのがピラミッドである。

 人間と呼ばれる側は本能的であるが故に昆虫や動物にみられる集合的無意識が強く働く。一つの目的を共有することで共同体として結びつく。

 であるならピラミッド設計図が存在しないのは二分心仮説と矛盾しない。

 ここにヒエラルキーのトップである現人神ファラオの鶴の一声が機能した。

 僕たちも、何かの作業に集中(ゾーンに入っている)しているときは時間を忘れて没頭するように、彼ら一人ひとりが、ピラミッドが本当に必要だと信じて疑わなかったからこそ作ることが出来たのだ。

ピラミッドの機能とは

 ではその原動力となった要因は何だったのだろうか?

 例えばピラミッドが彼らにとって重要なライフラインだったとしたら?

 当時、神々の声は水や食糧といった生きるために必要不可欠な生活必需品(インフラ)に近かったのではないか。と一考してみると、見方ががらりと変わる。

 神々の声が彼らの行動を決定づけていたのであれば、ピラミッドが現代のインターネットのように情報を受け取るための重要なインフラ構造物として位置づけられていたのではないだろうか。

 冒頭に、古代エジプト人は内観に神々を作り出した。と考察した。それは人々が協力しなければ成立しない農耕牧畜を中心とした集団生活を成立させるためであり、彼らにとって神々は指導者でもあった。

 ピラミッドのようなどこからでも見える巨大な施設が、指導者の声(幻聴)を引き起こす催眠機能の役割を担っていた。

 この仮説とおりならば、各地から大量に出土する偶像は、神々の声を脳内に響かせる受信装置として機能したと考えられる。

 彼らは自分の内観にいる神々を維持するために、自己催眠をかけていた。つまり二重人格の維持にピラミッドが寄与していた。

 神々が消えてしまったらどう行動していいかわからなくなるからだ。

 彼らの深層心理の中の迷いが神々を生んだのだ。神々がその解決策として電波塔(ピラミッド)建設を提案したのだ。

神への儀式と中央集権国家制

ファラオの声を響かせるための儀式

 神々の声(幻聴)は各人だけでなく、家族、ムラ、そして国家ごとにそれぞれ存在し、シチュエーションによって採用する神々の声を選択していた。

 特に集団(文明)を維持するため、広く子孫に訓戒を響かせる必要に迫られた権力側は、ヒエラルキーの最上位に位置するファラオの声は規律を以て継承され広く子孫に想起されねばならない。と考えた。

 故に、大規模な葬祭殿、神殿といった特別な舞台で、神々の声を降ろす(神託読み上げ、それを聞く)ための儀式が古代の中心となる。

 日常生活において誰の目から見ても、神々(ファラオ)を想起するような緊張状態へと移行させるインパクトが必要だった。

 それがピラミッドだったのだ。

 故に古代エジプトではピラミッド近くに都を遷都していき、都の中心に神や王の像を奉る神政政治となっていく。

 権力側は莫大な数の大衆の統制、いっぽうで大衆は自分たちの生きる羅針盤(情報)を得るために、神の代理人ファラオが治める中央集権国家は非常に理にかなった体制であった。

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 もともと個々人の内観に潜んでいた神々を外部に引きずり出し、自らの権力をそこに投影することで、国家統制のために利用したのだ。

 これが後世の一神教の原型となる。

 集団社会の生命線だったからこそ、官民みなが一体となって大規模なピラミッドや石彫、像を作ったのだ。

 故に奴隷事業ではなくれっきとした公共事業であった。

ピラミッドの構造の真実

ピラミッドに数学的規則が現れる理由

 巫女やシャーマンを筆頭とする世界各地に残る『神懸かり』現象とは、ジェインズが主張する二分心仮説によると、右脳が生み出す幻聴、幻覚だと結論づけられる。

 彼らが口走る神託の言葉は、例えば祝詞のように抑揚が少なく、執拗に繰り返され、一定のリズムを刻む。

 これは自然が作り出す一定のリズムに右脳が同期しているためだと考えられる。

 ピラミッドにも同様にその構造、寸法に数学的な規則性が現れるのは、自然法則が支配する右脳の神々が見せるサイマティクスパターンを模倣したためである。

 つまり自然界に隠れる黄金比をガイドラインにした。

 前編で考察したピラミッドと地球の縮図が一致するのは、四角推が本来の姿だという、ルドルフシュタイナーの見解とも合致してくる。

 彼らは物事を三次元で見ていない。右脳が優勢だった彼らはより高次元の視点から物事を捉えていたことが分かる。

電波塔仮説検証

古代エジプト死生観

 意識を持たない二分心の人々の興味は今この瞬間だけ。なぜなら時間(過去や未来)を司る左脳が抑圧されていたからだ。

 日々の取引や交易、約束事などその瞬間に必要だと感じたことは記録に残したかもしれないが、想いを後世へ残す。

 という行為自体が現代人の特殊な考え方なのだ。

王家の谷に見られる絢爛豪華な壁画は、死した王が新天地(冥界)までたどり着くための地図であり、冥界で生活するための生活必需品とともに安置した。

 なぜなら、彼らを導くファラオの声は『声正しき者』として死後も響き渡り、彼らにとって故人は『今』も冥界で生きているからだ。

声正しき者の称号

 ファラオが亡くなると死後、冥界に向かう途中でアヌビス神によって、その心臓を秤にかけられ、生前の行いが正しかったかどうかの審判を受ける。

 審判を乗り越えることができればファラオは『声正しき者』の称号を死後に与えられる。

 二分心の人々にとっても神々の声は常に正しく導いてくれるものであった。

 古王国時代、王だけが死後、オシリス神となることができた。

 声正しき者という称号は、神となった王の生前の声を想起させるために古代エジプト人にとって重要なものであった。

 故にファラオの口(スピーカー)は、あの世でも現世の人々に指図する為に機能して貰わないと困るのである。

口開けの儀式

 そのために行われた儀式が、口開けの儀式。ミイラとなった死者はこの儀式を行うことで、再び生前と同じ活動ができると考えられていた。

 『あなたが再び息をすることができますように』との願いが込められていた。そこには空気の振動、つまり言葉を話す力も含まれていたはずだ。

カーとバーの正体

 『カー』と『バー』は魂や生命力の事で、古代エジプト独特の表現。

何を指しているか、現代でも断定は難しく、むしろ当時の人々でもはっきりとした定義は分かっていなかったと考えられている。

 ここでは二分心仮説をもとに、カーとバーが何を指しているか検討してみたい。

 

 カー(潜在意識):人間の影のような分身であり、生命力を表し常に人間と重なり合って存在しているものです。人間が死ぬとカーは肉体から離れていく。(肉体を動かすための命令側、右脳的概念)

 バー(顕在意識):固有の人格を宿した魂と解釈されており、人間の活動的な力を現している。しばしば人頭に鳥の体として描写されています。人間が死んでもバーは肉体に留まる。(主体的な行動を司る左脳的概念)

 二分心仮説から考えると、肉体を動かす指示系統(動力源)がカーつまり神々の側。カーが肉体から離れていくと人間は行動力を失い死ぬ。(動力源の消失→肉体の死)

 肉体の死後、カーは声正しき者としてあの世で生き続けると古代エジプト人は考えた。

 カーが肉体に戻ってきたときに生前の人格を復活させる概念がバー。だからバーは肉体に留まると考えられていた。

故にバーは、カーによって機能する。

このことからも、人間は神々に完全に依存していたことが分かる。

 王のカーは王の分身(神々)だと認識されていた。

 カー(神々)の言葉は、王のバー(人格)を通して民衆に伝えられていた。

 二部心の人々にとって『音』が非常に重要な要素だった。

 二分心仮説によれば、この時代の自我は非常に不明瞭で、自己認識が弱く、強制力のある音(ことば)に操られる人形のような存在である。

 彼らは、どの神の声に従うべきかをその声色で判断していた。カーだけでは神の言葉に優先順位がつけられないからだ。

 ファラオ、神官、長、など自分より上位の人物の声色を当てはめていくことで神の言葉の権威に階級を設けた。そこに偶像が機能したと考えられる。

カーの魂の埋葬場所

石棺からミイラが出土しない理由

 古代エジプト人は、神々であるカーを自分たちが必要な力、本質であると見抜いていた。従ってカーの魂をピラミッドの玄室に安置した

 故に石棺からミイラが発見されないのは当然で、現代人が見えなくなっただけなのだ。

 いっぽうで先の考察通り、バーは肉体に留まると考えていたため、神々の言葉を代弁するための口(肉体)はミイラとして残したはずだ。

 しかしながら、古王国時代前後の石棺から出土したミイラは僅か2体で、体のほんの一部でありファラオのもか断定されていません。つまり今回の焦点である大ピラミッド時代のファラオのミイラは事実上見つかっていません

 ”現在までに発見されたミイラのうちファラオと断定されているものは31体確認されていますが、そのほとんどが後期(17王朝以降)のファラオのものです。”

 一体ミイラはどこに安置したのだろうか?

 少なくとも、後期に発見されたものは大ピラミッド時の『カーの埋葬』風習を踏襲したものだと考えられる。

 脳構造の変化によって(松果体と右脳の関係性)カーは見えなくなりファラオミイラの安置に利用するようになりました。つまり後期古代エジプト人ですら、石棺が何を意味しているか、理解しているものはほぼ皆無だったのです。

二分心の崩壊とピラミッド時代の終焉

  古王朝時代にはナイル川流域だけで100万人という現代でも大都市に匹敵する数の民を統率するために、強大な一つの権力の象徴が必要だった。

 第五王朝までの古代エジプト人は、ファラオという権力者が統治する一つの完結した箱庭の中で、大いなる神々のルールに従って生活を送っていた。故に争いは少なかったとみられる。

 しかしながら移民流入増によって7~11王朝時に政治的内紛が勃発。各地に群雄割拠。

 長期間にわたって安定した統治を続けていた古王国の崩壊とその後の戦乱によって社会的、思想的、政治的に大きな変化をもたらした。

 これがきっかけで政治混乱や異文化同士の小競り合いが増えたために、神々の声では統制が利かなくなり二分心を持つ人々が淘汰されていったのではないかと考えます。

 その証拠にピラミッドは第18王朝、紀元前1550年から1525年の間を最後に建設されることはなくななった。文明の混乱期が繰り返されるとともに、少しずつ二分心の崩壊が進み意識を持つ人々が大多数に転じた時、神々の声は消失した。

 これはピラミッドから幻覚機能を得られなくなった人々にとって作る意味が理解できなくなった。ことを示唆している。

変化してゆく解釈

 例えば現代文明の連続性が途絶え、数千年後の新たな人類が遺物としてスマートフォンを発掘したとして、その用途が分かるだろうか?特にQRコードはそれ単体では何の機能も果たさない。

 

 電気や電波を利用しない文明が、それらエネルギーの存在を仮説立てできたとしても、彼らにとってはただの信仰対象の域を出ることはない。

 科学技術も、将来宗教として切り離され、目に見えない信仰という形で片付けられているかもしれない。

僕たちが神々の声を聞くことができないように、そして世界中で出土する大量のヒトガタを模した彫像の意味を『信仰』として片付けてしまうように。

 エジプトを筆頭とする古代遺跡群も、それぞれ断片的であり、遺物同士を繋ぐミッシングリンクは信仰として解釈変更され蒸発していった。

 しかしながら、手段は違えどピラミッドもスマートフォンも、当時を生きる人々にとって情報を得るための欠かせないインフラであるならば、脳構造は変化したとしても、いずれも先人の叡智の蓄積を享受していることに変わりはない。

 つまり同じ先祖崇拝をエネルギー源としたインフラ構造物であり、長い年月をかけて人々はピラミッド→スマートフォンへ『機種変更』してきたといえるだろう。

 やがて文明は混濁していき人々に意識が渦巻き、生活と切り離され宗教として分離していくことになる。のちに誕生する王家の谷の絢爛豪華な装飾はそれらの名残である。

 しかしながら彼らは神々やファラオの声が聞こえなくなったとしても、残されたピラミッドや神殿に祀られた石像群は、神々やファラオが冥界で存在していると信じざるを得ないほどの存在だったのではないだろうか。

ネフェルタリの墓 引用元:TORAmamaLIFE

 このように二分心が消失してもなお、建設から4500年以上経過した子孫に対しても大きな影響を及ぼしていた。それだけの権威と実用性をピラミッドは備えていたのです。

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