ナショナリズム回帰への潜在的危険性
ナショナリズムとは国家という統一、独立した共同体を一般的には自己の所属する民族のもと形成する政治思想や運動を指す。

オルテガは、ナショナリズムは国家を停滞させ『窒息死』を招くと云う。
彼は、窒息を避けるには、国家は常にいくつかの多民族が包括されるべきだと主張する。
なぜなら技術、精神の格差の平準化がやがて共産化への道を辿る、と危険性を訴える。

国家は門戸を開き、窓を解放し風通しが必要だと。
今の情勢とは対極のグローバリズム的な考えである。

2025年、米トランプ大統領の再選により時代は再びナショナリズムへと回帰する。

これを手放しで喜んではいけない。
つまり、ナショナリズム、グローバリズムはどちらに転んでも極まると共産化が待っているということ。

第三次産業革命、ネットワーク×資本主義は新たな経済の呪縛を生み出した。
昨今グローバル化によって今や全人類に行き届いたスマートフォン。登場してから十数年経過した今、無ければ生活が成り立たないほど所有を強制させられてしまった。

それは巣に持ち帰られた毒団子のように人々に寄生して国家を内部からじわじわ破壊する。
文化、思想を破壊し、倫理観を狂わせ、分断が生じ自滅してゆく。
自国に引き籠った国家は自ら作った壁によって逃げ場を失った。人も同様に。

昨今の国民同士のSNSによる相互監視、批判合戦を見る限り、日本は窒息寸前であろう。と感じる。
窒息による停滞は国家を植物的体制へと移行させ、『僅 か な 自 由』を付与しただけの監視、収奪社会にいとも簡単に飲み込まれる。

彼の言葉は、刹那的な娯楽と引き換えに、全ての行動をスマホに握られた僕たちの事を予言しているかのようだ。

であるならば、これから迎える世界のナショナリズムはスマートフォンによる共産革命の完了を意味するのだろうか。
本来、機械に善悪はない。『大衆』が文明の利器を暴走させるだけなのだ。
大衆と貴族
オルテガは、根腐れした木のように不安定な人々のことを『大衆』、大地に根をしっかりと張り、地に足の着いた人々のことを『貴族』と表現する。

この違いは、自分の根っこである先祖、自国の歴史や神話とともに生活しているかの違いだと。

この先、情報が津波のように押し寄せる社会になって以来、初めてのナショナリズムを迎える。グローバリズムだろうとナショナリズムだろうと、自分がどのような生き方をするかが大切になる時代となる。

『大衆』は目まぐるしく変化する目の前の出来事を処理しきれなくなり思考停止に陥る。
津波に流されないよう掴まっておくための『トポス』、つまり根っこがなければ、濁流に流される。これが貴族にあって大衆にないもの、である。

自分の意見を持たず周囲に依存する『大衆』は、この濁流に流され続ける人生であろう。それはある意味楽な人生であるとも言える。
『貴族』的生き方とは、振り子の反対側に支点を持ち、常に中道であり続けようと努力する人のことをいうのかもしれない。

彼らは雪崩れ込む大衆に向かって川をさかのぼる鮭のように、いつの時代も抵抗してきた。
貴族とは・・・侍ではなかろうか。

貴族と侍と明治維新
今の日本は、明治維新当時、攘夷派と開国派が手を取り合った結果だったともいえる。

彼らは中道の政策として『大攘夷』を唱えた。つまり、外国を完全拒否するのではなく、列強国との交易を通じて対抗できる国力を整える、日本を守ると同時に、海外のエッセンスも受け入れる、という相反することをやってのけた。
中道を取ることが出来る侍(貴族)がいたから今がある。

その後日本は、第二次世界大戦の敗戦、戦後の言論統制において弱体化した。しかしながら、近代化したことで本当の植民地化は免れた。

当時どちらかが主導権を握っていたならば、間違いなくグローバリズムに飲まれ、植民地化されていただろう。世界を見渡す限り、本当の植民地は苛烈である。
当時の判断は正しかったのかもしれない。
そして明治維新の両者の思惑、『大攘夷』がまだ有効ならば、本当の攘夷は僕たちの行動次第なのだ。

そう、明治維新は・・・まだ終わっていない。
本当の攘夷は、海外に主導権を握られつつある日本を再び中道へと戻すこと。

蓄積されてきた過去のさまざまな経験が生み出してきたはずの制度や規範などが、大衆によって『古めかしい』という理由でうち捨てられていく時代。
日本を未来の日本人に託した先祖の想いを。忘れてはいけないと思う。

右か左かで対立する時代は終わらせなければならない。オルテガが残した敵と共に生きよ、という意味を侍の血を引いた日本人なら感覚で理解できるはずだ。
今の日本にも、侍(貴族)はいる。
大衆と貴族・・・あなたはどちらの生き方を選ぶだろうか。

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